「相続税は資産家の話で、うちには関係ない」——ご相談の入口で最も多く聞くお話です。

しかし平成25年度税制改正により、2015年(平成27年)1月1日以後に開始した相続から基礎控除額が4割引き下げられ、それ以降、相続税の課税対象は大きく広がりました。国税庁の統計では、亡くなった方のうち相続税の課税対象となった方の割合は、改正前の4%台から上がり続け、令和6年分では10.4%と過去最高になっています。10人に1人を超えた計算です。熊本市内でも、自宅の土地・建物と預貯金を合わせると基礎控除を超えるケースは珍しくありません。

この記事では、相続税がいくらからかかるのか、基礎控除の計算方法、税額を大きく左右する特例、そして今からできる対策までを整理します。

まず確認するのは「基礎控除額」の1つだけ

相続税には基礎控除という非課税枠があります。遺産の総額がこの枠に収まっていれば、相続税はかからず、申告も原則として不要です。

基礎控除額 = 3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数

法定相続人の数 基礎控除額
1人 3,600万円
2人 4,200万円
3人 4,800万円
4人 5,400万円
5人 6,000万円

法定相続人とは、民法で相続する権利が定められている人です。配偶者は常に相続人になり、そこに第1順位の子、子がいなければ第2順位の父母、父母もいなければ第3順位の兄弟姉妹が加わります。

たとえば配偶者と子ども2人であれば法定相続人は3人なので、基礎控除額は4,800万円です。

判断してみる

例1:課税対象になる

相続人は配偶者と子2人(3人)、遺産の総額は5,000万円。基礎控除4,800万円を200万円超えるため、課税対象になります。ただし後述の配偶者の税額軽減などで、最終的な納税額がゼロになることもあります。その場合でも申告は必要です。

例2:課税対象にならない

相続人は子1人、遺産の総額は3,500万円。基礎控除3,600万円に収まるため、相続税はかからず申告も不要です。

遺産の総額には、預貯金や不動産だけでなく死亡保険金・死亡退職金(非課税枠を超える部分)や、相続人などが亡くなる前の一定期間内に受けていた贈与なども入ります(詳しくは後述)。「手元にある通帳の残高」だけで判断すると見誤ります。

税額を大きく下げる2つの特例

相続税には多くの控除・特例がありますが、実務で効き方が大きいのは次の2つです。

配偶者の税額軽減

配偶者が取得した財産のうち、1億6,000万円または法定相続分のいずれか大きい金額までは相続税がかかりません。

軽減されるのは配偶者が取得した分だけです。子など、配偶者以外の相続人が取得した分には通常どおり相続税がかかります。また、税額を下げるために配偶者へ財産を寄せすぎると、配偶者が亡くなったときの二次相続で、かえって合計の税額が増えることがあります。一次・二次をあわせて試算したうえで、分け方を決めてください。

小規模宅地等の特例

自宅の土地について、330㎡までの部分の評価額を最大80%減額できます。評価額4,000万円の土地であれば800万円として計算できるため、基礎控除の中に収まってしまうことも珍しくありません。事業用の宅地や貸付用の宅地にも、それぞれ別の限度面積・減額割合が定められています。

ただし、誰がその土地を取得するかによって要件が変わります。 配偶者が取得した場合は、居住や保有を続けるという取得者ごとの要件がありません。同居していた親族は申告期限までの居住・保有の継続が、別居の親族はいわゆる「家なき子」の要件(配偶者や同居相続人がいないこと、3年以内に自分や配偶者の持ち家に住んでいないことなど)を満たすことが必要です。分け方しだいで使えなくなる特例なので、遺産分割を決める前にご確認ください。

なお配偶者であっても、対象となる宅地であること、申告期限までに遺産分割が決まっていること、申告することといった制度全体の要件は満たす必要があります。「配偶者なら無条件」ではありません(国税庁 タックスアンサー No.4124 小規模宅地等の特例)。

この2つはどちらも「申告すること」が適用の条件です。 特例を使った結果として納税額がゼロになる場合でも、申告しなければ特例は適用されず、本来の税額を納めることになります。「税額ゼロだから何もしなくていい」は誤りです。

また、原則として申告期限までに遺産分割が決まっていることも必要です。ただし話し合いがまとまらない場合でも、申告のときに「申告期限後3年以内の分割見込書」を提出しておけば、その後3年以内に分割したときは、分割のあったことを知った日の翌日から4か月以内に更正の請求をすることで特例を受けられます。この書類を出し忘れると救済が受けられません。 分割が難航しそうなときは、必ず申告前にご相談ください。

このほか、未成年者控除(18歳になるまでの年数×10万円)、障害者控除(85歳になるまでの年数×10万円、特別障害者は20万円)、10年以内に続けて相続があった場合の相次相続控除などがあります。

生前にできる対策

対策は、早く始めるほど選択肢が多くなります。代表的なものを挙げます。

1. 暦年贈与(年110万円の非課税枠)

受け取る人1人あたり年間110万円までの贈与には贈与税がかかりません。

「毎年110万円ずつ10年」と最初に約束するのは避けてください。 当初から複数年にわたって一定額を贈与する契約になっていると、定期金に関する権利の贈与として、最初の年にまとめて課税される可能性があります(国税庁 タックスアンサー No.4402 贈与税がかかる場合)。

暦年贈与は、その年ごとに独立して贈与契約を結ぶのが原則です。毎年の贈与契約書を残し、受け取る側が自分で管理する口座に振り込むといった運用を伴わせてください。

ただし、相続や遺贈で財産を取得した人が亡くなる前の一定期間内に受けていた贈与は、相続財産に加算されます。 この期間が、2024年(令和6年)1月1日以後の贈与から3年以内→7年以内へ順次延ばされています。実際に何年分が加算されるかは、贈与した日ではなく、相続が発生した日で決まります。

相続が発生した日 加算される贈与
2026年12月31日まで 相続開始前3年以内
2027年1月1日〜2030年12月31日 2024年1月1日以後の贈与すべて
2031年1月1日以後 相続開始前7年以内

延長された部分(相続開始前3年より前の4年間)については、その合計額から100万円を差し引いた額が加算されます。

加算の対象になるのは、相続や遺贈で財産を取得した人(相続人や受遺者)が受けた贈与です。逆にいえば、相続で財産を受け取らない孫やひ孫への贈与は、原則として加算されません。 加算期間が延びたいま、贈与の相手を誰にするかが以前より重要になっています。

2. 相続時精算課税の年110万円の基礎控除

2024年1月から、相続時精算課税を選んだ場合にも年110万円の基礎控除が設けられました。この枠内の贈与は、相続が発生しても相続財産に加算されません。上の加算(最終的に7年)の対象にならないため、対策を始める時期が遅い場合には有力な選択肢になります。

ただし、誰でも選べる制度ではありません。 原則として、贈与の年の1月1日時点で60歳以上の父母・祖父母から、同じ時点で18歳以上の子・孫(贈与者の直系卑属である推定相続人または孫)への贈与が対象です。住宅取得等資金の贈与には年齢要件の特例があります(国税庁 タックスアンサー No.4103 相続時精算課税の選択)。

また、相続時精算課税は一度選ぶと、その贈与者からの贈与について暦年課税に戻せません。どちらが有利かは、財産の規模と年齢によって変わります。

3. 生命保険の非課税枠

被相続人が保険料を負担していた死亡保険金を相続人が受け取る場合、相続人全体で500万円 × 法定相続人の数までが非課税になります。受取人を指定できるため、納税資金の確保や分割の調整にも使えます。

すべての死亡保険金が非課税になるわけではありません。 非課税枠が使えるのは、被相続人が保険料を負担し、相続人が受け取った保険金だけです。孫や内縁の方など相続人以外が受け取った保険金、また相続を放棄した方が受け取った保険金には適用されません。

保険料を負担していた人・被保険者・受取人の組み合わせによっては、相続税ではなく所得税や贈与税の対象になります。契約の内容を確認してから設計してください(国税庁 タックスアンサー No.4114 死亡保険金を受け取ったとき)。

4. 不動産の活用

相続税の評価では、土地は地域に応じて路線価方式または倍率方式で、家屋は原則として固定資産税評価額をもとに評価します(国税庁 タックスアンサー No.4602 土地家屋の評価)。取引価格より相続税評価額が低くなることはありますが、「時価の何割」と決まっているわけではなく、物件や利用状況によって結果は変わります。不動産にすれば必ず評価額や税額が下がるものではありません。

加えて換金しにくく、分けにくいという別の問題が生じます。納税資金と分割方法をセットで考えてください。

5. 養子縁組

養子を迎えると法定相続人が増え、基礎控除が1人あたり600万円増えます。相続税の計算上で数えられるのは、実子がいる場合は1人まで、実子がいない場合は2人までです。相続人が増えることで分割の話し合いが難しくなる面もあるため、税額だけで判断しないでください。

教育資金の一括贈与(最大1,500万円の非課税措置)は、2026年3月31日をもって終了しました。 2026年3月31日までに拠出された資金については引き続き非課税の取り扱いが続きますが、これから新たに利用することはできません。ネット上には終了前の記事が多く残っているため、ご注意ください。

一方、結婚・子育て資金の一括贈与(最大1,000万円の非課税措置)は2027年3月31日まで利用できます国税庁 タックスアンサー No.4511)。こちらは教育資金と違い、まだ期限が残っています。

申告のスケジュール

相続税の申告・納付期限は、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内です。10か月は長いようで、財産の調査と遺産分割の話し合いに時間がかかると余裕がなくなります。

〜7日/〜14日

死亡届の提出(7日以内)。健康保険・年金の手続きは制度ごとに期限も窓口も違います

  • 国民健康保険・介護保険の資格喪失の届出 … 市区町村へ14日以内
  • 勤務先の健康保険・厚生年金の被保険者資格喪失届 … 事業主が5日以内に提出(日本年金機構
  • 年金受給者の死亡届 … マイナンバーが収録されていれば原則として不要。必要な場合は国民年金14日以内、厚生年金10日以内(日本年金機構

加入先や勤務先の状況で変わるため、市区町村または年金事務所にご確認ください。これらの手続きは原則として社会保険労務士が担当する業務で、当法人ではお受けしていません。

〜3か月

遺言書の有無を確認し、相続人を確定します。相続放棄・限定承認をするなら、家庭裁判所へ申述する必要があります。

この3か月は死亡日から一律に数えるのではなく、各相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から起算します(民法第915条)。後から借金が判明した場合など、起算点が争いになることもあるため、判断に迷う場合は早めに弁護士にご相談ください。

〜4か月

亡くなった方のその年の所得について、準確定申告を行います。

〜7か月

財産・債務を調べ、評価し、遺産分割の話し合いを進めます。実務上、ここが最も時間のかかる工程です。

〜10か月

遺産分割協議書を作成し、相続税の申告と納付を行います。

誰に何を頼むのか

相続の手続きは、税理士だけで完結するものではありません。担当する専門家が法律で決まっているものがあります。

やること 担当する専門家
財産の評価、相続税の試算・申告 税理士
相続人どうしの交渉・調整、法的な助言 弁護士
不動産の名義変更(相続登記) 司法書士
遺産分割協議書・遺言書の作成 弁護士・司法書士・行政書士
不動産の鑑定評価 不動産鑑定士

当法人が行うのは、財産の評価と、分割案ごとの税額の試算、そして申告です。相続人の間で意見が分かれている場合の交渉や調整は弁護士の業務にあたるため、提携する弁護士・司法書士・不動産鑑定士をご紹介します。

よくあるご質問

Q. 自分で相続税がかかるか判断できますか。

基礎控除額を計算し、財産の概算と比べてみてください。近い、あるいは超えそうであれば、一度ご相談ください。特に土地の評価は形状や接道で大きく変わるため、固定資産税評価額だけで判断すると実際と離れることがあります。

Q. 申告は自分でもできますか。

可能です。ただし土地の評価と特例の適用判定には専門的な知識が要ります。不動産や非上場株式が財産に含まれる場合は、税理士にご依頼いただくことをおすすめします。

Q. 対策はいつから始めるべきですか。

早いほど選択肢が多くなります。暦年贈与の加算期間が最終的に7年まで延びることを考えると、50代から着手できると理想的です。

Q. 熊本以外でも相談できますか。

オンライン(WebMTG)で対応しています。九州各県のほか、全国からご相談いただいています。

まとめ

  • 相続税がかかるかどうかは、3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数と財産の総額を比べる
  • 配偶者の税額軽減と小規模宅地等の特例は、申告して初めて適用される
  • 生前対策は早いほど効果が出る。教育資金の一括贈与は2026年3月で終了している
  • 申告・納付は10か月以内。財産調査と遺産分割に時間がかかる

※この記事は2026年8月時点の法令にもとづいています。個別の判断は財産の内容によって変わりますので、実際の適用にあたっては税理士にご相談ください。